膵炎について

夜間・時間外診療で嘔吐・下痢、食欲不振等の消化器症状がご相談内容として多い症状となります。
大事には至らないケースが多いですが、中には集中治療が必要なケースが紛れてきます。

その中で膵炎は獣医師がよく遭遇する代表的な消化器疾患になりますので、今回は犬の膵炎をトピックに挙げてお話をしてみようと思います。
今回もまたボリューミーなお話になってしまいそうですが詳しく記載しておりますので興味のある方はご拝読いただけますと幸いです。

【概要】
 膵炎は嘔吐や下痢・食欲不振を主訴とし、犬においては一般的な消化器疾患となります。犬種は主にトイ種やキャバリア・キングスチャールズ・スパニエル、コッカー・スパニエルなどで多いとされ、年齢は多岐にわたりますが多くの場合は高齢患者での発症が多いとされています。

膵炎は主に急性膵炎慢性膵炎に大別されます。
急性膵炎はその名の通り急性に発症し、膵臓組織の浮腫や好中球浸潤(炎症細胞の遊走・動員)、可逆的壊死(もとに戻ること)を特徴とします。局所的な炎症にとどまる場合が多いですが、中には全身炎症反応症候群(SIRS)を引き起こし致死的な多臓器不全に発展するケースもある恐ろしい疾患です。

慢性膵炎は急性膵炎と異なり膵臓組織の持続的な炎症を特徴とし、不可逆的な膵臓の線維化を引き起こします。慢性膵炎の症状は不明確なことが多いとされ、acute-on-chronicといわれる無徴候から症候性への移行を繰り返すなど、判断に迷うケースも多々遭遇します。また慢性的な炎症により膵組織の喪失を引き起こし膵外分泌不全や内分泌不全等の合併症を発症するケースも存在します。

【病因】
 膵炎の病因についてです。ヒトの場合は胆石が最も一般的な要因とされ、アルコール摂取、特発性と続きます。
それでは犬の場合はどうでしょうか。犬は特発性が最も多いとされていますが、実際は原因を調べ尽くせていないだけではないか(Cryptogenic acute pancreatitis)といわれています。しかしながら犬での膵炎の危険因子はいくつか判明しています。
急性膵炎のリスク因子として変わったものの接種(オッズ比4.3倍)、ヒトの食事の接種(オッズ比2.2倍)、ゴミ箱漁り(オッズ比13.2倍)などがリスク因子として挙がっています。

また食事中の脂肪含有量が高いと膵炎のリスクが上がるのではないかと以前から推察されてきました。しかし現在のエビデンスでは脂肪含有量の高いフードが膵炎を引き起こすと結論づけることはできないとされています。これには肥満や脂質代謝異常などの交絡因子の影響がかかわっており、今後も引き続きデータの蓄積が必要とであると考えられます。

脂質代謝異常については過去の報告から膵炎のリスク因子である可能性が高いと報告されています。
血液中のトリグリセリド(TG)は加水分解され遊離脂肪酸となりますが、この遊離脂肪酸が膵腺房細胞へ毒性を示すことが報告されいます。過去の報告では膵炎の既往歴があるミニチュアシュナウザーにおいて高TG血症の有無を比較すると、膵炎の既往歴がある患者では高TG血症有する割合が高く(77%)、既往歴がない患者では高TG血症を有する割合が低い(33%)ことが明らかとなりました。また同報告において重度の高TG血症(≧862mg/dL)を有するミニチュアシュナウザーはPLIが上昇するリスクが4.5倍高いことも報告されいます。

【診断】
 膵炎を発症すると膵臓に様々な組織的な変化が引き起ることはお話させていただきました。それでは膵炎の診断では膵臓の病理組織学的検査が理想的なのでしょうか。膵炎の組織学的な変化は膵臓全域に引き起るわけではなく、一部の炎症性変化にとどまることも多いため、せっかく膵臓の生検を実施してもうまく診断ができないケースが存在すること、また膵炎のワンちゃんは状態が悪いことが少なくないため、診断のため麻酔をかけ膵臓の生検を実施することは現実的ではありません。

そのため我々獣医師が膵炎の診断をするためには、膵炎を示唆する臨床症状や身体検査所見、膵リパーゼの上昇の有無、膵炎を示唆する画像所見を診断ツールとして使用しています。

膵リパーゼは測定結果をご覧になられたご家族様もいらっしゃるかと思います。
膵リパーゼの測定は2つの選択肢が存在しています。現在最も正確で豊富な分析データが存在している測定方法がPLIといわれる測定項目になります。この測定方法は免疫学的測定方法であり、膵リパーゼに特異的なモノクローナル抗体を使用した測定方法であるため、基本的には溶血や黄疸、高脂血症などのその他の影響を受けないといわれいます。
診断感度や特異度に関しては高いことが知られていますが、院内検査はできず外注検査となるため、測定結果を得るためにはタイムラグが生じることと、後述する酵素基質反応を利用した項目と比較し高価であることが欠点です。

もう一つの測定方法は酵素基質反応を使用した測定方法になります。この方法はDGGRやトリオレインといわれる基質をリパーゼが分解した分解産物を測定する方法になります。v-Lipなどはこちらの測定方法になります。メリットは院内で迅速に測定が可能なことではありますが、膵臓以外から分泌されるリパーゼ(肝リパーゼ、リポ蛋白リパーゼ)やPLRP2(pancreatic lipase related protein 2. 消化管や腎臓に豊富に存在している)といった膵リパーゼと比較的相同性の高い蛋白により酵素基質反応を引き起こしてしまうことが知られています。そのため本来は膵炎ではないのにも関わらず数値が上昇してしまいます。
酵素基質反応を利用した測定方法は過去の報告からPLIと比較的相同性が高いことも報告されているため利用価値は高いと考えられていますが、病理組織学的検査と比較検討した報告が存在していないため解釈には十分注意が必要です。

次は画像検査になります。
メインは超音波検査になりますが、我々が最も信頼している検査ツールになります。
超音波の検査では膵臓の腫大、低エコー源性(周囲より黒っぽくみえる)の膵実質、周囲の腸間膜脂肪の高エコー源性のどれか一つでも存在している場合診断感度89%、特異度43%といわれており、3つそろう場合は感度43%、特異度92%といった診断精度となります。

膵炎を発症している際は膵臓以外の臓器にも変化が現れることが多いとされ、主に十二指腸、胃、結腸、空腸といった消化管に変化が現れ、最も頻度が多いのが十二指腸とされています。
それ以外に胃に特徴的な変化が現れることがあります。急性膵炎を発症した犬において胃壁の浮腫が観察され平均9.9mm+/-4.0mm程度と超音波検査に慣れている獣医師であれば見逃すことがないほど肥厚します。

また超音波検査を実施した際に注意すべきは1回の画像検査で診断が困難な症例が混じることです。
過去に臨床症状と膵リパーゼの異常値で膵炎が疑われた犬38頭を、初診時と40-52時間後に超音波検査を実施し、現れる画像所見の変化を検討した報告がなされました。
結果、両方で急性膵炎の所見が現れた患者が31.6%、2回目の超音波のみ急性膵炎の所見が現れた患者が36.8%、両方とも急性膵炎の所見が現れなかった患者が31.6%といった結果となりました。
この結果から画像検査の結果のみでは膵炎の診断は難しく、症状や血液検査のデータといったツールを駆使し総合判断する必要があることがわかるかと思います。

【治療】
 治療は主に4本の大きな柱が存在しています。輸液、疼痛管理、制吐剤、栄養管理の4つになります。
輸液は食欲不振や嘔吐による脱水のコントロールのため推奨されいます。また膵臓は血液に強く依存した臓器であることもあり膵臓への血液供給が促すため輸液は必須の治療といえます。またヒトの急性膵炎治療ガイドラインにおいて初期の治療において輸液は推奨されていますが、過剰な輸液には注意すべきと記載されいます。

次は疼痛管理になります。膵炎はお腹のやけどとも称され、腹腔内に強い痛みを呈することが多いとされています。膵炎の犬で特徴的な身体所見として、「祈りのポーズ」と呼ばれる特徴的なしぐさがあります。頭を低くさげお尻を高くあげ、あたかもお祈りをいているように見えることからこのように呼ばれていますが、これは腹部痛により犬が苦しんでいるサインになります。そのため膵炎の治療で疼痛管理は重要な治療といえます。我々獣医師が使用可能な鎮痛剤はいくつかあり、症状の重要度から使用すべき鎮痛剤や投与経路が存在しているため、臨床医が犬の状態を見極め適切な鎮痛剤を使用する必要があります。

次は制吐剤になります。膵炎を発症している犬の90%は嘔吐することから制吐剤の使用は必須といえます。
制吐剤にも鎮痛剤と同様に様々なものが存在していますが、現在よく使用される制吐剤はマロピタントといわれる制吐剤になります。この薬剤は嘔吐中枢のNK1受容体をブロックすることで制吐効果を発揮することや、サブスタンスPといわれる発痛に関わる物質の産生を抑制することから鎮痛効果を発揮し膵炎治療には最適な制吐剤といえます。

最後は栄養管理となります。ヒトの急性膵炎の治療ガイドラインにおいても早期の経腸栄養は急性膵炎の生存率を高めることが報告されており、その他入院期間の短縮、合併症の発症率を下げることがわかっております。犬においてはヒト程強いエビデンスは存在していないものの、「膵炎の犬は絶食がよい」といわれていたことは過去のものとなっており、ヒトの治療ガイドラインに沿い、犬においても早期の経腸栄養が勧められています。

その他の治療としてステロイドの使用やフサプラジブの使用など、まだまだ治療のお話は尽きないですが、標準的な治療内容にとどめておこうと思います。


いかがでしたでしょうか。
かなり長々と文章が続く教科書のような内容になってしましましたが、我々が膵炎の診断と治療にあたる際は、このような情報を頭の中から引っ張り出しながら実施しております。
膵炎は診断が難しく、我々も悩むことが多い嫌な疾患でもあります。

膵炎に苦しむワンちゃんやご家族様のお役に立てることが少しでもあるかと思いますのでお悩みの際はご相談いただけますと幸いです