今回は、エンセファリトゾーン症について紹介します。
エンセファリトゾーン症とは?
細胞内に寄生する寄生虫によって引き起こされる全身性の感染症です。感染する臓器によって様々な臨床徴候を引き起こします。
出生後すぐに飼育集団内で感染するため、日本でも蔓延している感染症です。疑うのは簡単ですが診断が難しい…治療も難しい…やっかいな疾患です。
病原体
Encephalitozoon cuniculi(エンセファリトゾーン・クニクリ)
→細胞内に寄生する(=偏性細胞内寄生性)寄生虫であり、細胞内に核を持つ真核生物ですが、一般的な寄生虫よりもカビに近いようで、菌類に分類されています(微胞子虫門)。かなり特殊な寄生虫であるようです。
→ ウサギの中枢神経、腎臓、眼(特に水晶体)など全身に感染し、肉芽腫性病変を形成します。
臨床徴候
・感染しても通常は無徴候で経過し、免疫が抑制されるシチュエーション(ストレス、投薬、妊娠など)で突発的に発症します
・病変の場所によって症状は様々ですが、前庭徴候(斜頸や眼振)が最も出現しやすい症状です。
✅中枢神経への感染
前庭徴候(捻転斜頸、眼振、旋回運動、ローリング)、四肢の不全麻痺、痙攣発作、振戦
✅腎臓への感染
腎機能低下による徴候(食欲低下、体重減少、多飲多尿 など)
✅水晶体への感染
眼内に膿瘍を形成、ぶどう膜炎、白内障
✅非特異的な場合
元気がない、食欲がない、若齢個体の成長不良、性格や行動の変化
診断
・最終的な確定診断のためには、脳や腎臓の病理検査が必要であり、生前に確定診断をする事はできません。
・診断は臨床徴候・血液検査・画像診断・抗体価検査などを組み合わせて行う必要があります。
・臨床徴候が特徴的かつ劇的な変化なので、獣医師は「エンセファリトゾーン症かも?!」と直ぐに疑う事ができます。ですが、検査せず診断した場合、
腎機能低下など併発疾患の見落としや、誤診を招く可能性があります。
✅Ez抗体価検査(IgG・IgM)
・「抗体」とは、体内に侵入した病原体(この場合、エンセファリトゾーン)に対して特異的に産生されるタンパク質です。抗体は、病原体を攻撃/排除するために免疫細胞から産生されます。
・「抗体価」とは、体内に抗体がどれぐらいの量で存在しているか、数値的に表したものです。体内の抗体価を測定することで、エンセファリトゾーンに感染しているかどうか診断することができます。検査で測定される抗体には「IgG」「IgM」の2種類があります。
・IgGは、感染後3~4週間で上昇し、体内で数年間は高値になります。そのため、過去に1度でも感染していれば、高確率で陽性になります。よって注意点として、検査結果が陽性であっても臨床徴候の原因がエンセファリトゾーン症によるもとの断定する事はできません(IgG陽性だったとしても、別の疾患が原因の事もざらにある)。なので陽性の場合、診断的価値はあまりありませんが、IgGが陰性だった場合、臨床徴候の原因がエンセファリトゾーンによるものじゃない!と考える事が出来ます。
・lgMは、感染直後から抗体価が上昇し、感染から数ヶ月かけて低下していきます。この特性から、lgM高値の個体は、エンセファリトゾーンの急性期である可能性が高いと考える事ができます。ですが、疑わしい神経症状がある個体でも全頭で上昇するわけでは無いようで、IgMもそれ単体ではエンセファリトゾーンを診断することは出来ません。
・「IgG」「IgM」を組み合わせることでより診断精度が上がります。
✅CT検査
・捻転斜頸・眼振などの前庭徴候はエンセファリトゾーン症に特徴的ですが、「内耳炎・中耳炎」も同様の徴候が見られます。
・内耳炎・中耳炎は、外観やX線検査で正確に診断する事ができず、見落とす可能性があります。内耳炎/中耳炎の診断に最も有用なのはCT検査です。
・ホーランドロップなどの好発品種(耳たれ系ウサギ)では、CT検査の実施をお勧めします。
治療
・エンセファリトゾーン症による症状の厄介な点は、エンセファリトゾーンを駆虫しても臨床徴候がすぐに改善するわけではないという点です。感染による免疫反応や二次的炎症によって臨床徴候が引き起こされているため、それらの炎症が沈静化するまで症状が続く可能性があります。
・ローリングや眼振などが重度かつ長期におよぶ場合は予後不良と言われています。
✅薬剤
・フェンベンダゾール:エンセファリトゾーンに対する駆虫薬です。4週間の長期投与を行います。
・消炎剤:グルココルチコイドやNSAIDsを用います。明確なエビデンスはありませんが、肉芽腫性炎症を抑える目的で使用します。
・消化管運動改善薬:プリンペランやガスモチンなどの薬剤です。悪心や吐き気を軽減し、食欲が維持させるため使用します。
・鎮静薬:ミダゾラムやジアゼパムなどの薬剤です。激しい回転運動(ローリング)、感染初期でウサギがパニックになっている時に使用します。
・抗菌剤:細菌感染による疾患(内耳炎・中耳炎・感染性髄膜脳炎など)が除外できない時に使用します。
✅神経症状が見られた場合の介護(注:個人の見解です)
・捻転斜頸や麻痺は、直ぐには改善せず、場合によっては症状が残る事もあります。そのため、自宅での介護が必要です
・症状が激烈な(四六時中ローリング、立てないなど)場合は、入院管理をお勧めする事もあります。
・狭いケージにタオル等を敷き詰め、体をぶつけて怪我をしない工夫をします。
・強い刺激(音・匂い・光など)を与えると悪化するため、とにかく安静にさせます。
・介護が長期におよぶ場合は、陰部周りの汚れ、眼瞼炎が高確率に見られるため、洗浄や消毒が必要です。
・食事が難しい場合は強制給餌を実施します。ですが、可能な限り早期に自力で牧草を食べさせるようにします。