食物アレルギーを疑う犬の1例

皮膚に関連する相談は、一次臨床医が最も多く経験する相談事の1つです。
皮膚疾患は病気の種類が非常に多いにも関わらず、多くが似たような見た目をしており皮膚科における深い知識と検査の技術が必要となる難しいジャンルになります。

今回皮膚のかゆみを主訴にご来院いただいたワンちゃんをご紹介いたします。

犬種:ダックスフンド
年齢:1歳3ヵ月(初診時の年齢:9ヵ月)
性別:メス

去年の夏頃に口周り、四肢末端、肛門周囲のかゆみを主訴にご来院いただきました。
主に口唇の赤みが顕著で強いかゆみを呈しておりました。

明らかな感染所見は認めず、年齢からアトピー性疾患を強く疑いました。
アトピー性疾患の代表的なものは環境アレルゲンに反応するもの、食物タンパクに反応するものが挙げられます。
今回の患者様は強いかゆみを呈していたため、かゆみ止めとして試験的にアポキルの内服と食事の変更を提案させていただきました。

アポキルは著効し内服直後からかゆみは軽減し、経過は順調でしたが、途中食事の変更をした直後から皮膚の病変が再発してしまいました。
アポキルの内服中ということもあり、悪化因子として食事の関与を強く疑い、食事を加水分解食に変更いたしました。

食事を加水分解食に変更後は皮膚の病変は落ち着き、かゆみほほぼゼロの状態に維持することができました。
アポキルを休薬した以降も皮膚のかゆみは再発することなく、良好な皮膚状態を維持できております。

<アトピー性皮膚炎>
 アトピー性皮膚炎は皮膚のバリア機能の異常に伴い、様々なトラブルを引き起こす遺伝性慢性炎症性皮膚疾患です。
以前まではアトピーは環境アレルゲンが原因となっているもので、その他に食物アレルギー、脂漏性皮膚炎などが別途あるようなことが言われていましたが、現在ではアトピー性皮膚炎という大きなカテゴリーが存在し、その中に環境アレルゲンが原因となるタイプ、食物抗原が原因となっているタイプ、脂漏性皮膚炎がメインのタイプがあり、さらにそれぞれがクリアに鑑別されるわけではなく、各々の病態が絡み合い病態にグラデーションがあるような認識に改められつつあります。

*こんな感じのイメージです

アトピー性皮膚炎は若齢性疾患といわれ、若くして様々な症状が発生します。
年齢は3歳齢以下、好発犬種はその地域や国によって異なりますが、短頭種、プードルに多い印象があります。

メインどころとなってくるパターンが環境アレルゲンが原因となっているタイプ、食事のタイプですが、これら2つは見た目だけでは鑑別することはできません。
*環境アレルゲンのタイプは背部には病変ができないといわれていますし、食事のタイプで好発する病変部位(大腿部外側面など)などが挙げられていますが、視診だけで100%判断することは基本的にはできません。

微生物の感染や脂漏症でないのであれば、基本的に治療は食事からとなります。
これには大きな理由があります。環境タイプのアトピーは厳密な意味で完治させることはできず、いわゆる体質ですので今後も薬やサプリメントなど使いながら一生のコントロールが必要になってきます。
一方食事性であれば、原因となる物質に見当がついてしまえば、そのアレルギー物質さえとらなければ症状は再発せず、幸せな日常を過ごすことができるため、基本的には食事性の除外から入るのが一般的な治療の流れとなります。

では食事の決定はどのようにすべきでしょうか。
主な方法は1つで除去食試験といわれるものになります。ご家族様から今までの食事歴を聴取し、過去食べたことがない原材料で構成されている食事を獣医師が選んで処方し反応を観察する形となります。
ここでよく聞かれる内容で「アレルギー検査」はやらないんですか?とご質問をいただくことがあります。
このアレルギー検査については詳しい説明は割愛しますが、現在積極的に実施するに足る根拠に乏しく、小動物医療の中ではまだメインの検査に挙がっていないのが現状です。

食事が決定した後も非常に大切で、「その食事だけ」を最低「8週間」は継続することです。
やりがちなミスは1-2週間試したけど良くならなかったからやめてしまう、実は獣医師に内緒でおやつを「かわいそうだから少し..少しだけ!」与えているなどです(心当たりがある方いませんか…?笑)

除去食試験の継続期間に関する論文が過去発表されています。
その報告によると、2週間程度の実施期間では反応率は10%未満、4週間でようやく50%程度。そして8週間の継続により90%以上の反応率となるため、短期間の除去食試験では全く判断ができません。
また獣医師が指導していないおやつなどを与えてしまうとどうなるか。。。
獣医師は指示通りの食事をしていることを前提でお話を進めてしまいます(通常食事の変更がないか必ず問診を行っていますが、隠されてしまうと何かの検査でわかるものではないので判断を誤ります)。そうするとせっかくその食事を食べていれば治ったかもしれないのに、獣医師の判断は「この食事ではだめなのか…。別の食事に変更か?それともこの子は環境アレルゲンタイプなのか?」など誤診につながり一生薬の投薬が始まってしまったりと、ご家族様に経済的負担と何よりワンちゃんに薬の投薬を頑張ってもらわなければいけなくなります。そうなるくらいだったら、「おやつあげたいんですよね」と相談いただければいくつか代替案をだせたりするので相談するのがベストです。

ご紹介させていただいたワンちゃんは、ご家族様による食事管理により現在は薬の力は借りず経過は非常に良好です。
除去食試験により良好な経過が得られた後は負荷試験といわれるテストを実施していくことになります。

これはワンちゃんの食域を広げるために非常に重要なことです。
アレルギー物質として疑わしいものを試験的に2週間程度給餌し反応をみるテストです。
例えば、チキンアレルギーが疑わしい子に2週間ゆでたささみをカレースプーン1杯程度与えます。もし与え始めたあとからかゆみが悪化すればその子はささみアレルギーが確定することとなります。

わざとかゆみを再発させていてかわいそうに感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、この方法以外にアレルギー物質を明らかにすることはできません。
どちらを取るかです。このまま固定の食事のみを与え続け、楽しみがなくなってしまうか、あるいはきちんとアレルギー物質を特定し食べられる食べ物の域を広げていくか。

負荷試験まで実施するかどうかはご家族様と協議しよく決めていますが、もし少しでも食事の楽しみを感じさせてあげたいと思われるようであれば負荷試験を実施することを強く勧めます。

いかがでしたでしょうか。
今回も非常に長々とした回でしたが、実はまだまだお伝えしたいことはたくさんあります。
今回は食事の重要性を知っていただきたかったので食の話をメインでさせていただきました。

食事だけでは管理が難しい子も中にはいらっしゃいますので、今回の我々の話が全てのワンちゃんに該当するわけではありませんのでご注意ください。
*アトピーの患者さんの30-40%くらいは食事のトラブルも併発しているため双方の管理が必要になります。

食事の管理は本当に大変で、ご家族の皆さんの協力がなければ達成できないものになります。現在皮膚病の食事の管理をされている方々のなかで不安なことや、アドバイスが欲しいことがあれば積極的に先生とコミュニケーションをとることをお勧めします。

もしなかなか治らない皮膚のかゆみでお悩みのワンちゃんがいらっしゃいましたら、我々もお力添えができることが少しでもあるかと思いますので、お気軽に当院までご相談ください。