猫の肥大型心筋症

「肥大型心筋症(以下HCM)」は猫ちゃんと一緒に生活をしている方であれば耳にしたことがあるかもしれません。HCMはかねてより猫で最も多い心臓病として知られ、当院通院中の猫ちゃんの心臓病のほとんどが「肥大型心筋症」です。猫ちゃんの肥大型心筋症は現在でも研究が進み、
絶えず情報のアップデートがされています。

以前まで治療内容や診断・ステージの評価はあいまいな部分が多かったですが、2020年にアメリカ獣医内科学会(ACVIM)より診断と治療のガイドラインが提唱されました(1)。我々さざんか動物病院はACVIMより提唱されたガイドラインに則り適切な診断と治療を日々行っております。

今回はそんなHCMをトピックに挙げ、概要と治療・診断について述べたいと思います。

□ 概要
 HCMは心肥大を惹起する他の心血管系疾患(大動脈狭窄症や高血圧症)や、心筋肥大の原因になる代謝性疾患、または全身性疾患(甲状腺機能亢進症、リンパ腫、その他腫瘍性疾患)を伴わずに心筋肥大が起こる心筋疾患として知られています。猫の心筋症のおよそ60%はこのHCMであり、次いで拘束型心筋症、分類不能型心筋症、拡張型心筋症、不整脈源性右室心筋症などが知られています。

人ではすでにHCMの発症に関わる数百種類以上の遺伝子変異があることが知られていますが、猫でもメインクーンやラグドールではミオシン結合タンパク質の遺伝変異が報告されています。この変異を利用したスクリーニグ検査も実施されていますが、HCMの原因遺伝子は1つではないことや、変異を有する個体が必ず発症するわけではないことなどの諸問題から診断や繁殖プログラムの問題は複雑化しています。

HCMは主に左心室の心筋肥大を特徴とし、肥大した心筋により心臓の拡張障害を引き起こします。低下した拡張能により心臓内の血液はうっ滞し、左房圧の上昇を招きます。この状態が長期的に続くことで最終的には心不全を引き起こし命に関わる状態へと発展してしまします。

                                    anicom みんなの動物大百科より 一部改変

また猫において大動脈血栓塞栓症(ATE)という恐ろしい疾患が知られています。このATEは猫において心筋症の合併症として発症することが最も多く、中でも肥大型心筋症における発症が最も多いとされています。
このATEは肥大型心筋症患者の11.6%に発症すると報告されており(2)、一部の報告ではその死亡率は6割程度と非常に高いことが報告されています(3)。現在このATEの治療について様々な報告存在しておりますが、発症後の治療よりもリスクが高い患者への予防的治療が推奨されつつあります。

<HCM のステージ分類>
Stage A:心筋症の素因を持っている猫。臨床症状なし
StageB1:うっ血性心不全やATEのリスクが低い患者。左心房拡大なし~軽度
StageB2:うっ血性心不全やATEのリスクが高い患者。左房拡大が中程度~重度
StageC :現在や過去にうっ血性心不全、ATEの発症歴がある
StageD :治療に抵抗を示すうっ血性心不全がある

□ 治療
 HCMの治療は2020年に提唱されたACVIMガイドラインのステージにごとに以下の治療内容が推奨されています(1)。

□ 予後
 今までHCMの猫ちゃんの予後は不透明でしたが、2018年にACVIMから発表された大規模研究において平均して長期的な予後が期待できることが明らかとなりました。しかし、一部の猫ちゃんでは急速に進行するケースや、突然死、ATEの発症、不整脈等により短期的な予後を認める場合も存在し注意が必要です。

当院ではこのような情報をもとに、適切なHCMの診断と治療を実施しております。何かご相談やご不安事ございましたらお気軽にご相談ください。

□ 参考文献
1) ACVIM consensus statement guidelines for the classification,diagnosis, and management of cardiomyopathies in cats                             Virginia Luis Fuentes et.al. J Vet Intern Med. 2020;34:1062–1077

2)International collaborative study to assess cardiovascular risk and evaluate long-term health in cats with preclinical hypertrophic cardiomyopathy and apparently healthy cats: The REVEAL Study
                             Philip R. Fox et al. J Vet Intern Med. 2018;32:930–943


3) Secondary prevention of cardiogenic arterial thromboembolism in the cat: the double-blind, randomized
positive controlled feline arterial thromboembolism; clopidogrel vs. aspirin trial (FAT CAT).
                     Daniel F. Hogan et.al. Journal of Veterinary Cardiology. 2015;17 : S306eS317