心室頻拍により失神を呈した猫の1例

症例:8歳6ヵ月
猫種:スコティッシュ・フォールド
性別:去勢雄

概要
自宅で突然虚脱。他院で神経疾患を疑われ、二次診療施設への上診を提案。
上診の必要性について相談のため、当院受診。

虚脱のセカンドオピニオンでご来院いただいた猫さんです。
数日前から突然ふらつき、高い台から落下。数分は横倒しになりながら、荒い呼吸をしつつも徐々に回復。日常生活は特別問題ないとのことでした。
その症状から神経疾患か循環器疾患の可能性が浮上しましたが、ご家族様ご持参の動画から、ふらつきながら倒れこむ姿が確認され、その様子から神経疾患より循環器疾患の可能性が強く疑われました。
このような突発的な症状の場合、循環器疾患の中でも特に「不整脈」の発生が問題となっている場合が多いとされています。
しかし、不整脈は日常的に発生しているものと、発作性に発生するものが存在しており、当時院内の心電図検査では明らかな異常は確認されませんでした。

そこで長時間心電図検査(ホルター心電図検査)を行い、不整脈が発生しているか調べることといたしました。

検査の結果、「心室頻拍」という不整脈が発見され、今回の症状は循環器疾患であることが判明いたしました。

すぐに抗不整脈薬をスタートし、不整脈のコントロールを図りました。
内服後不整脈は消失し再発は確認されず、非常に良好な経過が得られました。

1. 心室頻拍とは?

心室頻拍(ventricular tachycardia:VT) は、心臓の下側に位置する「心室」から異常に早い電気信号が発生し、連続して心拍が刻まれる不整脈です。
通常の洞調律とは異なり、心室内に「異常な自動能」あるいは「リエントリー回路」が生じることで、QRS幅の広い頻拍として心電図上に認められます。

  • 持続性心室頻拍(sustained VT):30秒以上続く、あるいは循環動態が破綻するタイプ
  • 非持続性心室頻拍(non-sustained VT):数拍〜数秒で自然停止するタイプ

猫においてもVTは比較的稀ではあるものの、突然死のリスクを伴う重篤な不整脈として位置づけられています。


2. 猫で心室頻拍が起こる主な原因

VTは独立した病名というより、「さまざまな基礎疾患に続発して起こる症状」です。代表的な原因は以下の通りです。

(1)心筋疾患

  • 肥大型心筋症(HCM)
    猫で最も多い心疾患であり、臨床医が遭遇する頻度として最も多い猫の心臓疾患です。

心筋内の構造異常や線維化は、リエントリー回路の基盤となり、VTの基盤を形成します。

(2)全身性疾患・代謝性異常

  • 電解質異常(低K血症、低Mg血症など)
  • 甲状腺機能亢進症、重度の全身炎症、敗血症
  • 低酸素血症、ショック、重度貧血など

これらは心筋の電気的安定性を低下させ、「引き金(trigger)」としてVT発生を促します。

(3)薬剤性・毒性

  • 一部の抗不整脈薬、カテコラミン製剤
  • ジギタリス中毒等

(4)特発性

明らかな基礎疾患が同定できないパターン。


3. どのような症状が出るのか?

心室頻拍そのものは「電気的異常」ですが、その結果として心拍出量の低下・冠血流の低下が生じ、次のような臨床症状がみられます。

  • 突然の元気消失、沈うつ
  • 労作性あるいは安静時の呼吸促迫・開口呼吸
  • ふらつき、虚脱、失神
  • 最重度では心室細動〜突然死

一方で、非持続性VTや低頻度の心室期外収縮(VPC)のみの場合は、無症状で健康診断や麻酔前検査、心エコー検査時の心電図で偶然見つかることも少なくありません。


4. 診断の流れ

(1)身体検査・聴診

  • 不整な心拍、極端な頻脈(しばしば 220〜300回/分以上)
  • 心雑音やギャロップ音、呼吸音の異常(肺水腫・胸水)
  • 粘膜色の変化、四肢冷感など循環不全の所見

(2)心電図検査(ECG)

VTの診断には心電図検査が必須です。

広く異常な QRS 波形が規則的またはやや不規則に連続

  • P波が確認できない、あるいは QRS と解離(房室解離)
  • 短いR–R間隔、心拍数の著明な増加

VTと「上室性頻拍+脚ブロック」を鑑別するため、QRS形態・軸偏位・房室解離・融合拍などを総合的に評価します。

Holter 心電図(24〜48時間心電図)

間欠的なVTや非持続性VTの検出には、Holter心電図モニタリングが有用です。HCMを有する猫では、Holterにより高頻度の心室性不整脈が検出されることが複数の研究で示されており、リスク評価や治療方針決定に役立ちます。

(4)心エコー検査

  • 心筋症の有無・重症度評価(壁厚、左房径、収縮能など)
  • 心筋内の局所的な運動異常、心内血栓の有無
  • 心不全の有無(左心不全・右心不全)の評価

心室頻拍が「どの程度構造的心疾患を背景にしているか」を確認することは、予後予測上非常に重要です。

(5)血液検査・胸部レントゲン・その他

  • 電解質(K, Mg, Ca)、腎機能、肝機能
  • 甲状腺ホルモン(特に中高齢猫)
  • BNP や cTnI など心臓バイオマーカー(必要に応じて)
  • 胸部レントゲンによる心拡大・肺水腫・胸水の評価

5. 治療方針

(1)救急対応

猫が虚脱・呼吸困難・ショックなどを呈している場合、まずは循環動態の安定化が最優先です。

  • 酸素化(酸素ケージ等)
  • 必要に応じて静脈路確保と慎重な輸液
  • 急性心不全が疑われる場合の利尿薬投与 など

そのうえで、重篤VT(持続性VT・多形性VT・R-on-T傾向など) に対し、適切な抗不整脈薬を用いて心拍数のコントロールとリズムの安定化を図ります。薬剤の選択・投与量は個々の猫の心機能・血圧・併発疾患により大きく変わるため、症例ごとに慎重に判断します。

(2)基礎疾患へのアプローチ

  • HCMなど心筋症が背景にある場合:
    • 心拍数コントロール(β遮断薬など)、心不全治療、血栓塞栓症予防
  • 甲状腺機能亢進症や電解質異常が原因であれば、その是正が第一
  • 炎症性疾患・中毒などが疑われる場合は、それに準じた治療

**「VTだけを抑える」のではなく、「VTが起きている土台を治療する」**ことが予後改善には不可欠です。

(3)慢性期管理

  • Holter心電図による不整脈負荷のモニタリング(VTラン数、最長持続時間、最大心拍数など)
  • 抗不整脈薬の効果と副作用の評価
  • 心エコー検査による心筋症の進行度・心不全徴候の再評価
  • 飼い主様による在宅観察(呼吸数、活動性、失神エピソードの有無)

6. 予後について

VTの予後は、

  1. 基礎疾患の種類・重症度(特に心筋症の程度)
  2. VTの形態(単形性か多形性か、非持続か持続か)
  3. 循環動態への影響(失神・ショック・急性心不全の有無)

によって大きく変わります。

軽度の構造的心疾患や可逆的な代謝異常を背景とするVTでは、原因治療と適切な不整脈管理により長期生存が期待できる症例も存在します。

当院では、単に「一度VTを止める」だけではなく、長期的なリスク評価と個々の猫に合わせた治療設計を重視しています。


7. 飼い主さまへ

猫の心室頻拍は、
「気づいたときには重症化している」ことも多い、不整脈の中でも特に注意が必要な病態です。

以下のような様子が見られた場合は、早めの受診をご検討ください。

  • 突然の呼吸促迫・開口呼吸
  • 意識が遠のいたように倒れる、すぐ起き上がるが同様の発作を繰り返す
  • 安静時でも胸が異常にドキドキしているように見える
  • 心筋症や甲状腺機能亢進症など、既知の心疾患・全身疾患がある

当院では、

  • 一般身体検査・聴診
  • 心電図・Holter心電図
  • 心エコー検査
  • 必要に応じた血液検査や画像検査

を組み合わせて、猫それぞれの背景に応じた精密な診断と治療方針の提案を行っております。